あまりに不幸なことが続いた。

それをここで紹介する気はないが、俺は自殺することに決めた。
それで・・・少々安易だがあの有名な樹海に行って首でも吊る事にした。

頑丈なロープを持って森に入り手頃な木を探す。
誰にも見つかりたくなかったので、森の中を、俺は奥へ奥へと歩いていった。

歩き続けて、もう方向も分からなくなって来た時、突然、俺の目の前に人が現れた。
年の頃40くらいのおっさんだ。
お互いに驚いたね。
こんなところで人に会うなんて思ってもいなかった。

なんとなく気まずい空気が流れた後、おっさんが俺に話しかけて来た。

「あんたも・・・かい?」

おっさんは自分の首を切るような仕草をする。
それで分かった。

「はい、そうです。」と頷く。

するとおっさんはこんなことを言った。

「いやいや、おれもそうなんだがね・・・ちょっと忘れ物してねぇ。日頃からぼけーっとしてるんだけどさ。死のうと思ってこの森に入って、散々歩き通して奥の方で手頃な木を見つけたとき、気が付いたんだよね。あ、ロープ持ってない、って。」

おっさんは照れるように頭をかく。
確かに手ぶらだ。
なんとも間抜けな話だ。
まぁ、言っちゃ悪いがどこか抜けてそうな顔をしている。

「だからさ、ロープ余っていたら、分けてくれないかなぁ・・・」

仕方ない・・・。
ロープは十分に持ってきていたので、おっさんに分けてあげることにした。

「いやいや、助かった。ってのも変な話か。よし、この奥にいい木があったんだよ。おまえさんもそこでやるかね?」

抜け作なおっさんと並んで死ぬのもなんだか嫌だったが、手頃な木ってのが見てみたくなったので、取り合えずついて行くことにした。

「えっと・・・確かあっちだよな、あぁ、そうそうこっちこっち・・・あれ?」

予想はしていたが、さっそく迷っている。
ため息が出る。

「ハハハ・・・さすがに迷うね。まいったまいった。」

目印でも付けておけばいいのに、と思うが、どうしようもない。

「はぁ・・・おれは本当にダメだな。まったく。」

フォローする気にもならない。
俺は黙ってついていく。

「あぁ、もう、新しく探すか。いやいや、ほんとすまんね。」

「別にいいですよ」と返事をする。

そう、時間なんていくらでもある。
急ぐ必要もない。
どうせここで死ぬだけだ。

そしてまたしばらく2人で歩く。
すると妙なものが視界に入った。

「あれ、何ですかね」と俺は前方の右奥を指差しておっさんに言う。

「ん・・・?何だろうな。人・・・か?」

妙なもの、とは言ったが、俺にはそれが何か、もう分かっていた。
まだ少し距離はあるが、前方に大きな木が立っている。
その右側の太い枝に、何かがぶら下がっている。
明らかに・・・首吊り死体だ。

「うわ、あれ・・・」

おっさんも分かったようだ。

「首吊り死体ぽいですね」と俺が言う。

「あぁ、そうだな・・・気味悪いね・・・」

俺とおっさんは、恐る恐るそこに近づく。
首吊り死体だ。
はじめて見る。

これから俺がこうなるのか、と考える。
特に恐怖も感じない。
我ながら無関心だ。
俺は先立って死体の足元まで近づく。

悪臭。
臭い。
酷い臭いがする。

何となく死体の顔を見たくて、俺は上を見上げた。
少し歪んだ顔。
しかし誰だか分かった。
それはおっさんだった。

俺は慌てて後ろを振り返る。
おっさんは驚いた顔をしている。
死体の顔に気付いたらしい。

「お・・・おれが?あぁ、あぁぁぁ・・・あはは・・・ハハハハハハハハ・・・」

大声で笑い出した。
無理もない、気が狂ったか、と思ったが、次におっさんはこう言った。

「いやいや、ハッハッハ。まいったまいった。おれさ、おれ、もう、死んでたんだよ。いやーまいったまいった。」

目の前のおっさんが、ぐにゃりと歪んだ。
かと思うと、霧のようになって霞んでいく。

「いやーよかったよかった・・・。死んだこと忘れて彷徨ってたんだな・・・いやー・・・よかった・・・よかった・・・」

そして、消えた。

俺は呆気に取られた。
しばらく呆けた。
不思議なこともあるもんだと思って・・・考えた。
考え始めてしまった。

おっさんは死んでいた。
じゃあ・・・俺は?
ひょっとして、俺も既に死んでいるのではないか?
それに気付かないで、俺はただ彷徨っているのかもしれない。
嫌な予感・・・なんだか落ち着かない、嫌な感覚に襲われた。

持っているロープを見る。
この状態で首を吊るとどうなるのだろう。
死んでいる人間がさらに死ぬ。

どうなる?死ねるのか?

腕をつねってみる。
痛い。
痛みは感じる。
でも、人間は切断した足の痒みを感じることもあるらしい。
つまりそこに肉体が無くても、感覚は残っている訳だ。

じゃあ、この状態で死のうとすると・・・?
俺は死ねないまま、ずっと苦しみ続けるんじゃないか?

そんなのは嫌だ。
首の骨が折れる痛み、窒息の苦しみが永遠に続くなんて嫌だ。
どうすればいいか・・・。
道は1つだ。

俺の死体を捜すこと。

そうすれは成仏できるに違いない。
自分が既に死んでいる、とはっきり自覚するにはそれしかない・・・。

もう何日経つか分からない。
腹は減らない。
疲れも感じない。
死んでいるのは確実だ。

でも、まだ、死ねない。
消えることができない。
森のどの辺にいるのかも分からない。
ここから出られる気もしない。