俺には弟がいるんだが、これがちょっと変わり者でな。
なにもない空間に酷く怯えたり、辺りに水気はなにもないのになぜかびしょ濡れだったりと・・・とにかく不思議な奴だった。
そしてこの弟も関わる、とある事件をきっかけに俺は友人を失った。
これは俺の今でも後悔してる話だ。

弟が小学5年生だった頃の話。
仲間内で夏休みを利用して、自転車で少し遠くの方へ冒険に行こうという計画があった。

俺の田舎はそこまで過疎という訳でもなく、自転車さえあれば普通に賑わってる所には行けるし、買い物や娯楽に特別不便があるという訳でもない。

メンバーは4人。
俺と友人2人と俺の弟。
なぜ弟を連れてきたのかメンバーは疑問に思っていただろうが、そこは俺に計画があったからである。

表向きは冒険と言っても、実は心霊スポットっぽい所を回る秘密のツアーを計画してた訳で、弟を用意したのは、つまりは保険である。
薄々だが弟には本当になにか得体の知れない物が見えてるんじゃないか?という疑問を抱いてた時であり、なにかあったら弟が反応して盛り上げてくれるだろうという勝手な考えで、弟を騙して連れて来た訳だ。

そんな裏計画を知らずに都会への憧れに自転車を漕ぎながらはしゃぐ2人の馬鹿共。
弟は俺の邪悪な笑顔に気が付いていただろうが自転車の後ろという事もあり、なにも言えないでいた。

辺りが暗くなるまで自転車を漕ぎ続け、ここが目的地だとボロボロの大きな廃病院を紹介するとそれぞれ上々の反応を示してくれた。
その後の自分達の運命を悟ったのか、馬事雑言(ばりぞうごん)がそこら辺に飛び散る。
それらを跳ね除け泣きそうな弟をひっぱり入り口前に立ちこの病院がなぜ潰れたのかを語った。

「この病院はな、ある少女を医療ミスという形で死なせてしまったんだ。だが当時それに関わった医者は全員それを認めなかった。」

急に語りだした俺を見て友人達は静かになり、入り口のドアをこじ開け中に押し入る俺の後に渋々ついて来た。

「その事件以来、病室、トイレ、待合室、どこにいても彼等は誰かの声が聞こえるようになった。」
暗い廊下に散らばったゴミなどを押しのけ、語りながら歩いてる俺の懐中電灯の光を頼りに皆進む。

「四六時中聞こえてくるその声にだんだん耐えれなくなった医者達は次第におかしくなっていったんだ。」

割れたガラスを踏む音や友人の息使いなどが妙に雰囲気を醸し出す。

「その医者達も自責の念はあったみたいでね、最後はその医療ミスを認めたんだ。」

2階のとある病室の扉の前で立ち止まる。

「最後は?」

「そう、最後。集団自殺の集団遺書という形でね。」

きっとそのドアの中がその現場だという事を悟ったのだろう。
暗くてあまり見えないが友人達は恐怖に顔を引きつらせている。
弟は入り口付近からすでに泣いている。

「ただね」

「どうもおかしいんだ、その遺書」

「少女の声が聞こえていたのなら遺書にはそう書く筈じゃない?でも」

そう言い掛けて扉を開ける。

「書かれていたのは彼等が呼んでる、彼等がついて来てる、彼等がすぐ後ろにいる。そんな事ばかりだった」

部屋一面に広がる焼けた後。
焼身自殺を想像してなかったのか皆いっせいに黙って息を呑む音が聞こえた。

まぁ殆どが俺が事前に考えた嘘なんだがな。

「そんな事がこの病院で・・・。」

友人がまんまと引っかかって声を震わせて喋ってる。
素直な友人がいると人生が楽しいよなぁとか考えてると、『ヒタッヒタッ』と遠くで足音が聞こえてきた。

管理人かなにかいるのか?と思っていたが急に弟が大声で叫びだした。

「来たよおにぃ!逃げよう!」

なにが?とか思ってたが、とにかくすごい剣幕だったので皆一斉に出口に向かって走り出した。
だが一階に降りた所でそれは起きた。
「赤ん坊」の泣き声がすぐ後ろの階段の上で聞こえた。
というかすぐ耳元で聞こえた気がした。

その声を聞いた友人2人は手が付けられないほどパニックになり、我先にと入り口まで駆け出した。
その途中で一人が転んだ。

病院の表に出てからはそれぞれの自転車に乗りペダルを漕げるだけ漕いで全力で逃げた。
だがある程度離れて安心したのか、転んだ友人が泣きだした。
そんなにビビッてたのか、と笑いながら近づくと見事なまで腕が曲がっちゃいけない方向に曲がってたのである。
あれには流石に俺もビビッた。

友人の搬送先にまで迎えに来た父親が、友人2人の両親に土下座してる時こっそり弟に聞いたのだが、あの赤ん坊は入り口に入った付近で既に友人の背中に張り付いてたらしい。
その子を探して母親が来てた、との事だが俺が聞いた足音は知らないという。

あれは一体なんだったのだろうか。

この後に来る親父の恐怖から逃げるためどうでもいい事を必死に考えてた気がする。
結局俺は親父に殴られ、友人には絶交を言い渡され、後悔しか残らない最悪の夏休みになったのだった。